世界遺産富士山
2023年11月01日掲載
史跡富士山 / 国指定重要文化財 / 国指定特別天然記念物
富士山麓の浅間神社は、富士山の噴火を鎮めるために富士山を神(浅間神または浅間大神)として祀ったものであり、富士山本宮浅間大社(以降、文章中の表記は「浅間大社」とする。)は最も早く成立したものとされる。浅間大社は、全国に多数ある浅間神社の総本宮とされる。「富士本宮浅間社記」には、大同元年(806)に山宮浅間神社の地から現在地に移転されたとある。浅間大社は富士山溶岩流の末端に位置しており、境内には、溶岩の間から湧出した地下水が池となった湧玉池(国特別天然記念物)がある。浅間大社は、噴火を水によって鎮める考え方から、湧玉池のほとりに置かれたと考えられている。
登拝が盛んになるにつれて、村山の興法寺とともに大宮・村山口登拝道の起点となり、周辺に宿坊が成立したと考えられている。「絹本著色富士曼荼羅図」には、湧玉池で垢離をとり、富士山に登る道者の姿がある。近世には、幕府の庇護を受け、徳川家康の寄進により慶長11年(1606)現在の社殿が造営された。寛文10年(1670)の「境内図写」には、浅間造りの本殿や楼門等の社殿、堂社、湧玉池(上池)、鏡池などが見える。浅間大社は、慶長14年(1609)には山頂部の散銭取得の優先権を得たとされ、安永8年(1779)には幕府の裁許により八合目以上の支配権が認められた。八合目以上の土地は、明治時代に国有地化されたが、昭和49年(1974)の最高裁判決に基づき、平成16年(2004)浅間大社に譲渡(返還)された。
本殿は「浅間造(せんげんづくり)」と呼ばれる二層楼閣造りで棟高45尺(13.6m)。
下層は桁行5間・梁間4間の寄棟造、上層は三間社流造で共に桧皮葺。
明治40年5月27日古社寺保存法により特別保護建造物に指定され、以後国指定重要文化財として特別の保護を受けている。
拝殿は桁行5間・梁間3間で、正面が入母屋造、背面が切妻造、屋根は檜皮葺、正面に1間の向拝が付いている。三方に縁を巡らせ、背面は幣殿に接続している。
幣殿は本殿と拝殿をつなぐ部分で、桁行3間・梁間3間の両下造、屋根は檜皮葺、北面には本殿の屋根の端が露出している。
透塀は本殿周辺を囲む1棟と、その外側、本殿横に並ぶ三之宮及び七之宮を含めたより広い範囲を囲む1棟の、計2棟で、総延長36間に及ぶ。
三間一戸、重層入母屋造で、屋根は檜皮葺、正面・左右脇に扉がついている。楼門の左右には随身像が安置されている。
「楼門左右に安置されている随身像」
慶長19年(1614)2月に建立。背銘には、左側の像「甲州河内下山住番匠 石川清助作」、右側の像「大工 山城國上原住櫻井三蔵作」と記されている。
湧玉池は、富士山に降った雨や雪が地下水となり、富士宮溶岩流の溶岩層間を流れ、溶岩流末端で湧出して池になったものである。
禊所付近を境に上池と下池に分かれ、以前は上池のみを湧玉池、下池から下流を御手洗川と呼んだ。登山者(道者)が湧玉池の水で心身を清めた後、山中へ向うという富士山信仰と関連の深い池である。
楼門前の石段に、鉾立石が置かれている。
明治の初めまで行われていた「山宮御神幸」の際に、神の宿った鉾を立てて休めるために使用された自然石である。
※【 開門時間 】(通常の場合)
11月~2月:午前6時~午後7時 / 3月・10月:午前5時30分~午後7時30分 / 4月~9月:午前5時~午後8時
・JR身延線富士宮駅から徒歩で10分。車で3分。
・JR身延線富士宮駅バス停(4番乗り場より粟倉万野線)から乗車、湧玉の池バス停で下車[運賃150円]。
企画部 富士山世界遺産課 企画係
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